ワークライフバランスの向上に取り組むメリットと成功させるポイント
- 投稿日:2019 - 8 - 7
- 更新日:2024 - 1 - 30
近年、日本では少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や働く人のニーズの多様化など、さまざまな課題に直面しています。
このような課題に向き合い、生産性の向上や人材の定着化を図るには、従業員一人ひとりが心身ともに健康で、個々の事情に応じて柔軟に働き方を選択できる魅力ある職場づくりが求められます。
そこで重要なキーワードとなるのが“ワークライフバランス”です。ワークライフバランスの向上は、従業員の働きやすさや仕事への活力を生み、企業にもよい好循環をもたらすことが期待されます。
この記事では、ワークライフバランスの意味や必要性が高まる背景、メリット・デメリット、取り組みのポイントなどについて解説します。
ワークライフバランスとは
ワークライフバランスとは、“仕事と生活の調和”を意味する言葉です。
仕事は、生活を支えるために欠かせないことです。しかし、家事や育児、親しい人との付き合いなどの生活も、暮らしに生きがいや喜びを感じるための大切なことといえます。
「仕事に追われて心身の疲労が溜まっている」「仕事と子育て、介護との両立が難しい」など、仕事と生活の間で悩みを抱えている状態では、豊かさを感じられなくなります。また、生活のための時間を確保できずに働き続けることが困難になったり、過重な労働で体調不良になったりといった悪循環につながりかねません。
このような問題を解決するには、仕事と生活のどちらか一つを重視するのではなく、両方を充実させて調和を図ることが大切と考えられます。仕事と生活が互いによい影響を及ぼし合いながら相乗効果を生み出すことが、ワークライフバランスの目的です。
ワークライフバランスの由来
ワークライフバランスという概念は、女性の社会参画が叫ばれるようになった1980年代のアメリカで生まれたといわれています。
女性が社会で活躍するのが当たり前になってくると、徐々に仕事と子育ての両立という課題が浮き彫りになってきました。企業は、女性が無理なく働き続けるための対策を考えるようになります。
そこで“ワーク・ファミリー・バランス”や“ワーク・ファミリー・プログラム”と呼ばれる動きが始まり、ワークライフバランスの先駆けとなりました。
その後、子育てに限らず生活全般と仕事との調和をとることを目的として、ワークライフバランスが捉えられるようになっていきます。現在では、ワークライフバランスは男女ともに重要なものと考えられています。
ワークライフバランスが必要とされる背景
ワークライフバランスが必要とされる背景には、日本の労働環境や働く人の健康問題、少子高齢化などがあります。
長時間労働の改善
日本における労働者1人当たりの年間総実働時間は、長期的に見て緩やかな減少傾向にあり、2019年以降は1,600時間台で推移しています。
▼年間総実労働時間の推移(パートタイム労働者を含む)
画像引用元:厚生労働省『令和5年版過労死等防止対策白書』
しかし、1週間の就業時間が40時間以上の雇用者のうち、60時間以上となる雇用者は全体の8.9%存在し、長時間労働が行われている企業があることが分かります。
▼1週間の就業時間が60時間以上の雇用者の割合
画像引用元:厚生労働省『令和5年版過労死等防止対策白書』
長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらすほか、心身の健康にも影響を及ぼすといわれています。週40時間を超えて労働時間が長くなるほど、健康問題のリスクが徐々に高まることも示唆されています。
▼労働時間と健康障がいリスクの関係
画像引用元:厚生労働省『しごとより、いのち。』
このような健康問題を防ぐには、長時間労働の削減と併せてワークライフバランスの向上を図り、従業員の心身の負荷を軽減させることが求められます。
出典:厚生労働省『令和5年版過労死等防止対策白書』『しごとより、いのち。』
メンタルヘルス課題の深刻化
働く人のメンタルヘルスに関する健康問題が深刻化していることも、ワークライフバランスが必要とされる背景の一つです。
厚生労働省の『令和5年版過労死等防止対策白書』によると、仕事や職業生活に関することで強い不安や悩み、ストレスを感じている労働者の割合は2022年時点で82.2%となり、半数以上の人が課題を抱えています。
▼仕事や職業生活に不安・悩み・ストレスを感じている労働者の割合
画像引用元:厚生労働省『令和5年版過労死等防止対策白書』
また、不安や悩み、ストレスを感じる内容として、仕事そのものに関する項目が多く挙げられています。
▼不安や悩み、ストレスを感じる内容(上位3つ)
- 仕事の量(36.3%)
- 仕事の失敗、責任の発生等(35.9%)
- 仕事の質(27.1%)
厚生労働省の『令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況』によると、メンタルヘルス不調によって1ヶ月以上休業した労働者がいた企業の割合は10.6%、退職した割合は5.9%です。メンタルヘルス不調は仕事に関する精神的な負荷が深く関係していると考えられます。
従業員がいきいきと健康的に働ける環境をつくり、メンタルヘルス不調による休業や退職を防ぐには、ワークライフバランスの向上を図ることが重要です。
出典:厚生労働省『令和5年版過労死等防止対策白書』『令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況』
少子高齢化による人手不足
ワークライフバランスは、少子高齢化による人手不足の課題を解消するための取り組みの一つとしても必要性が高まっています。
日本では、少子高齢化の進行によって生産年齢人口が減少しており、企業の人手不足を招く要因の一つとなっています。
内閣府の『令和5年版高齢社会白書』によると、2022年10月1日時点の総人口は、1億2,495万人です。そのうち15~64歳の生産年齢人口は7,421万人となり、全体の59.4%を占めています。
▼総人口の推移
画像引用元:内閣府『令和5年版高齢社会白書』
2023年以降も少子高齢化が進み、2060年には総人口が1億人を下回り、生産年齢人口は5,000万人台まで減少すると推計されています。これにより、企業の人手不足はさらに深刻化していくと考えられます。
また、人手不足を招く要因には、「仕事と出産、育児、介護との両立が難しい」ことも挙げられます。女性の社会参加によって共働き世帯が増加している一方で、働き方の選択肢が限定的であったり、職場での子育て・介護支援が十分でなかったりして、就業を継続できなくなるケースもあります。
事業活動を支える基盤となる人材を確保していくには、出産・育児・介護などの個人の事情やライフステージに合わせて、希望するワークライフバランスを実現できる職場づくりが重要です。
出典:内閣府『令和5年版高齢社会白書』
ワークライフバランスが実現された社会が可能にする未来
内閣府が策定した『仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章』では、ワークライフバランスによって以下のような社会が実現するとされています。
就労による経済的自立
ワークライフバランスが実現すると、経済的な自立を必要とする人、特に若者がいきいきとやりがいや充実感を持って働けるようになります。
自立した働き方ができれば、自分自身の生活にも目を向けられるようになり、結婚や子育てなどの個々の希望を実現させるための経済的基盤を確保できます。
健康で豊かな生活のための時間の確保
仕事と生活のバランスがとれるようになると、働く人の健康が保持されます。また、家族・友人との関わり、自己啓発や地域活動への参加などに充てる時間の確保が可能となり、より豊かな生活へとつながります。
多様な働き方・生き方の選択
ワークライフバランスが実現されると、年齢や性別にかかわらず、誰もが自らの意欲と能力によって働き方・生き方を選択できるようになります。
公平な処遇が確保されたうえで、子育てや介護などの個人の置かれた状況に応じて多様かつ柔軟な働き方ができるようになると、仕事との両立が可能になり、ライフスタイル・ライフステージに応じた希望を実現できます。
ワークライフバランスを推進するメリット
ワークライフバランスの向上に取り組むことによって、従業員と企業の両方にさまざまなメリットがもたらされます。
従業員側のメリット
従業員側のメリットには、以下が挙げられます。
▼メリット
- 長く働き続けられる
- 仕事のモチベーションが高まる
- スキルアップの時間を確保できる
- 健康を維持しやすい
介護や子育てなどの事情に応じて働ける勤務制度があると、仕事との両立ができるようになり、ライフステージが変わっても就業を継続することが可能です。
また、プライベートの時間が充実すれば、スキルアップの時間を確保できたり、仕事に対するモチベーションも高まったりして、働きがいや喜びが創出されることも期待できます。さらに、過重な労働を防いで心身の健康を維持できるようになれば、定着率の向上にも貢献すると考えられます。
企業側のメリット
ワークライフバランスは、企業の魅力やよいイメージにも直結します。
▼メリット
- 優秀な人材を確保しやすくなる
- 人材の定着率向上につながる
- 生産性が向上する
ワークライフバランスに配慮した働き方や職場環境づくりに力を入れている企業は、従業員を大切にする会社としてイメージの向上につながります。その結果、優秀な人材を確保しやすくなると考えられます。
また、心身ともに健康で仕事とプライベートを両立できる職場は、従業員の働きやすさに結びつき、人材の定着率向上に貢献することが期待されます。さらに、ワークライフバランスによって仕事への意欲が高まると、業務効率が高まり生産性の向上にも結びつくと考えられます。
ワークライフバランスの推進に取り組むデメリット
ワークライフバランスの実現に向けて、長時間労働の是正や多様な働き方の導入に取り組む際には、さまざまな問題が生じる可能性があります。
従業員側のデメリット
従業員側のデメリットには、以下が挙げられます。
▼デメリット
- 収入が減る場合がある
- 業務の量は変わらない可能性がある
長時間労働の是正に取り組んで残業時間が削減されると、残業手当として支給されていた給与が期待できなくなります。従業員の収入が減ることによって、不満につながる可能性があります。
また、勤務時間が減っても必要な業務の量が変わらない場合、休暇に関する制度を利用できなかったり、隠れ残業が増えたりする可能性も考えられます。
企業側のデメリット
企業側のデメリットには、以下が挙げられます。
▼デメリット
- 新たな制度の活用が進まない可能性がある
- 情報セキュリティのリスクが高まる
新たな働き方や休暇制度を設けたものの、ワークライフバランスへの理解が進まず、職場の雰囲気、風土の影響によって制度の活用が進まない可能性があります。
また、テレワークやハイブリッドワークを導入する場合、外部の端末と接続したり、情報を社外に持ち出したりすることによって、情報セキュリティのリスクにつながるおそれがあります。
ワークライフバランスを向上させる取り組み
ここからは、ワークライフバランスを向上させる具体的な取り組みについて紹介します。企業の課題や従業員のニーズに合わせて施策を検討することが重要です。
出産・育児・介護休暇取得の促進
仕事と出産・育児・介護を両立できるように、法律で定められた休業・休暇制度の取得を促進することが重要です。労働基準法と育児・介護休業法で定められている主な休業・休暇制度には、以下が挙げられます。
▼法律で定められている主な休業・休暇制度
制度 | 詳細 |
産前休業 | 出産予定日の6週間前から取得できる休業制度 |
産後休業 | 出産の翌日から8週間まで取得できる休業制度 |
育児休業 | 原則子どもが1歳(最長2歳)になるまで、分割して2回取得できる休業制度 |
産後パパ育休 | 育児休業とは別に、産後8週間以内に4週間(28日)を限度として子どもの父が取得できる休業制度 |
介護休業 | 要介護状態(2週間以上)にある対象家族を介護する際に、一人につき3回、通算93日まで取得できる休業制度 |
介護休暇 | 要介護状態(2週間以上)にある対象家族を介護する際に、1日または時間単位で主億できる休暇制度 |
また、子育てや家族の介護などを理由とする退職を防ぐために、企業独自の福利厚生によって仕事との両立をサポートすることも検討する必要があります。
産後パパ育休については、こちらの記事で詳しく解説しています。併せてご確認ください。
出典:厚生労働省『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内』『「介護休業」を活用し、仕事と介護を両立できる体制を整えましょう。』『通院の付添いなどで短時間の休みが必要な時は、「介護休暇」を活用しましょう。』/e-Gov法令検索『労働基準法』
柔軟な勤務制度の導入
従業員が個々の事情やライフステージに合わせて働く時間を柔軟に選べるように、新しい勤務制度を導入する方法があります。
勤務制度の選択肢を増やすことで、従業員一人ひとりに合った働き方ができるようになり、ワークライフバランスの向上に貢献します。
▼柔軟な勤務制度の例
勤務制度 | 詳細 |
短時間勤務制度 | 1日や週、月の所定労働時間を短縮する制度(育児・介護休業法に基づく) |
フレックスタイム制 | 一定期間で定めた総労働時間の範囲内で、従業員が日々の始業・終業時刻を決定できる制度 |
時差出勤制度 | 始業・就業時刻を繰り上げまたは繰り下げる制度 |
出典:厚生労働省『フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き』『「短時間勤務等の措置」は 会社によって利用できる制度が異なります。』
長時間労働の是正
ワークライフバランスの実現に欠かせない取り組みといえるのが、長時間労働の是正です。過重な長時間労働は、生活時間を十分にとれなくなることで暮らしにおける質の低下につながるほか、心身の健康に影響を及ぼすリスクがあります。
長時間労働の削減に取り組む際は、効率的に仕事を進められる業務体制を整えたり、しっかり休暇を取得できる職場環境を構築することが重要です。
▼取り組み例
- 年次有給休暇の計画的付与制度を導入して、個人別や部門・チームの特性を踏まえて休暇を付与する
- ITツールを導入して、情報共有やワークフローをデジタル化する
- 法定外福利厚生としての特別休暇制度を導入して取得を促す
ハイブリッドワークの導入
育児や介護などと仕事を両立しやすい職場環境をつくるには、複数の働き方を組み合わせて働くハイブリッドワークを導入することが有効です。
ハイブリッドワークとは、オフィスワークとリモートワークを組み合わせて、従業員自身が働く場所を自由に選べる働き方を指します。
例えば、「子どもの体調不良に付き添うために在宅で仕事をする」「会社帰りに通院しやすいため、オフィスに出社する」などの柔軟な働き方がしやすくなり、ワークライフバランスの向上にも貢献すると考えられます。
ワークライフバランスの施策を成功させるためのポイント
ワークライフバランスに取り組む際には、新たな制度が形骸化してしまったり、従業員によって不公平感が生まれたりする可能性があります。施策を成功させるために、以下のポイントを押さえておくことが重要です。
① 評価制度の見直しを行う
ワークライフバランスの実現に向けて長時間労働を是正する際には、評価制度の見直しを行う必要があります。
残業を削減して収入が減少すると、隠れ残業が発生したり、給与の不満から人材の流出につながったりする可能性があります。労働時間だけでなく、成果や業務成績、プロセスなどに着目して、評価制度と待遇を見直すことが重要です。
▼評価制度の見直し例
- 労働時間ではなく業務の成果や効率性を評価する
- 目標の達成度合いに応じて手当を支給する
② 業務体制を見直す
長時間労働の是正に取り組むには、業務体制を見直して効率的に作業ができる環境を整備することがポイントです。
従業員に割り当てる業務の量や作業方法が変わらない場合、残業の削減や休暇制度の活用が進まない可能性があります。
▼業務体制の見直し例
- 業務を棚卸しして時間内に可能な業務量を把握する
- 人手が不足している部署や業務への配置転換を行う
- ITツールを活用して情報共有やワークフローを円滑に行えるようにする
③ 経営陣・管理者による働きかけを行う
ワークライフバランスのための多様な働き方や休暇制度などを導入する際は、従業員が制度を活用しやすい風土や職場の雰囲気づくりが求められます。
経営陣・管理者が率先して働きかけを行い、従業員にワークライフバランスの考え方を浸透させることが重要です。
④ 情報セキュリティ対策を行う
テレワークやハイブリッドワークなどを導入する際は、情報セキュリティ対策が必要です。従業員の私用端末を使用したり、外部のネットワークを使用したりすることによって、サイバー攻撃や不正アクセスなどのリスクにつながります。
▼情報セキュリティ対策の例
- テレワークに関する社内規程を整備する
- セキュリティ対策に関する社内研修を行う
- MAMを導入してモバイル端末のセキュリティ対策を行う
MAM(Mobile Application Management)とは、モバイル端末にインストールしたアプリケーションを管理するシステムです。MAMを活用することで、端末内の業務に使用するアプリケーションを遠隔で管理してセキュリティ対策を強化できます。
なお、テレワークのセキュリティリスクと対策については、こちらの記事で詳しく解説しています。
MAMツールの詳細については、こちらの記事をご確認ください。
ワークライフバランスを実現した事例
ここからは、ワークライフバランスを実現した企業の事例について紹介します。
【事例①】株式会社スープストックトーキョー
飲食サービス業を運営する株式会社スープストックトーキョーでは、飲食店によくある悩みといえる「休みが少ない」という問題を解決して、生活価値の拡大を図るための休暇制度・勤務制度を導入しました。
▼導入した制度
制度 | 詳細 |
生活価値拡充休暇 | 公休や有給休暇とは別に休日・休暇を取得できる |
ピボットワーク制度 | 社外やグループ会社での副業などができる |
セレクト勤務制度 | 育児や自己研鑽のために働く時間帯・曜日を選択できる |
休暇の充実と柔軟な働き方ができるようになったことで、採用応募者数の増加や離職率の低下、従業員満足度の向上、経費の削減などの効果が得られています。
【事例②】株式会社レコモット
リモートアクセスツールの『moconavi』を提供する株式会社レコモットでは、従業員が場所や時間にとらわれずに働ける環境を目指して、フルリモートワーク・フルフレックスでの地方採用を実現しています。
柔軟に働く時間を選択できるようになったことで、子どもの学校行事や急なお迎えにも対応できる働き方が可能になりました。また、通勤時間が削減されたことによって、家族や従業員自身の時間に充てられるようになりました。
生活とのバランスをとりながら仕事ができる環境があることで、従業員の満足度向上へとつながっています。
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